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最後に飯田下伊那のすがたを載せながら
「思うところ」を書いてみようと思います。


2019年1月1日

昨年以降、自治会の役をやったり、母校の団体行事に出たりと
人との関わりが多くなりつつありました。
かつて僕は自分のペースを乱されるのがものすごく苦手で
他人に奉仕するとか、人に合わせて行動するとか冗談じゃないとまで思うタチでした。
一方で「常識的な人間として振舞いたい」「知り合いを作りたい」など
どっちだよ、と突っ込まれそうな思いも持っていました。


2019年4月10日

二次会に行ったせいで寝る時間が減るとか日曜日を潰されるとか
今でも嫌で仕方がないんですが
それでも以前に比べれば「地区や団体のため」「楽しんで」と思えるようにはなってきました。
知っている人、話せる人が増えてストレスが減ったのも大きいと思います。
自己犠牲、とか思わない程度に
いろんなことに関わっていくことは、続けていきたいです。


2019年4月27日

それと、かなり小さい話なんですけど
このブログで文章を書く際
僕の悪い癖というか、
「言い回しがくどい(同じ表現を何度も繰り返す)」
「打消し(~ですが、など)が多い」
「長い」
・・・などが散見されるなあ、と。
ある意味、他の文書作成の練習台としてこのブログを書いている向きもありますので
今以上に推敲して書いていかなければ、と改めて思っています。


2019年7月17日

自分自身のことと言えば、
毎年着実に無学文盲が進んできて、自分でもわかるくらい馬鹿になってきました。
謙遜でも自虐でもなく、考えようとしないんです。ああ、面倒だ、で逃げる。
インターネットの検索のせいにしている向きもあるけれど
考えないから想像が膨らまない、だから楽しみも減ってきている、と。
手を動かして何かする(シコるとかじゃなくて)ことを増やして
もっと能動的に、と自戒。

また、この記事を来年見返して
さて、ここまで書いたことをどのくらい改めることができているか
省みたいと思います。


2019年8月13日

by OuiOui1974 | 2019-12-10 20:14 | Comments(0)
消費税が10月から改定となり、僕も84円切手を買いました。
シール切手の種類がまだ少ない。

「租税は文明の対価である」とはアメリカのとある裁判官の言葉ですが
お国に税金に見合う文明社会を提供してもらっているとは思えません。
預かった税金を有効に利用してほしいです。
議員定数・報酬を適性値にする余地は
たくさんあると思います。

また、税金自体は必要だし
間接税たる消費税は絶対にとりっぱぐれがないのでよいのですが
どこかの馬鹿な政党が言い出した
軽減税率とかは本当に止めるべきです。
あとこれも今更だけど5%→10%にしてほしかった。
二段階引き上げとかクソ迷惑。

所得税引き上げじゃあダメなのね・・・
これをいうと左翼っぽいけど
累進課税から先に手を付けてほしい。

まあ、どうなることやら。

by OuiOui1974 | 2019-10-01 18:55 | Comments(0)

順序逆だけど昨日の話

(上伊那郡)中川村のチャオ店舗前で
犬猫の出張販売をやっていたので見に行きました。
買うわけじゃない、とはいいながらも
もしかして運命を感じるやつがいたら・・・と思ったのですが
そういう気にはならず、見るだけでした。
業者の方が悪いとは思いませんが、
やっぱりケージというか、檻の中にいるやつを見ると
ああ、商品だなあって思っちゃって、そんなに欲しくなくなる。
広いスペースで走り回ったりのんびりしているやつのほうが
これ飼いたいなあって思うかもしれません。

そのまま帰るのも、と思ったし
昼時だったので
そのまま駒ケ根市まで行き、ソースカツ丼を食べてきました。


2019年9月28日

写真だとちょっとギトギトしいのですが
実際はそんなこともない。ソースなのにあっさり。
ご飯に合って、よいと思いました。

食べてから飯島町の道の駅「田切の里」をぐるっと。
外で売っているオジギソウを触りたいのに
先に少女やババアが触っていっちゃうもんだからこの野郎とか思ってて
そいつらがいなくなったところで、残りのはっぱをツンツンして閉じて喜びました。
お前は何を言ってるんだとお思いの方はオジギソウで検索してください。

家に帰った後はゲームとかゲームとかゲームとかやっていました。
夕方になってラグビー(日本対アイルランド)がやってることに気づいて
「さて、どんだけの差で負けてるかな・・・」と思ってたら
前半終了間際で9-12、接戦でまず驚き
そのあとの展開はもうご存知の通り、です。
ラグビー分からんが熱いよね。次も頑張ってほしい。

by OuiOui1974 | 2019-09-29 11:34 | Comments(0)

そして昨日の夕方

2019年4月27日

午前中の雲がちぎれて
青空が広がりました。


2019年4月27日

花桃の季節も終わりが近づいていました。



2019年4月27日

散り落ちた花びらも、またよろしいかと。


by OuiOui1974 | 2019-04-28 06:21 | Comments(0)
NHKの連ドラ「半分、青い。」が始まりました。
前回の「ワロテンカ」があまりにも酷かったので
それより面白ければいいやという気持ちでは観ています。
食堂でプロ野球中継を見るシーン、確か巨人―中日戦で
ナガシマと思しき人物がヒットを打ったとき客のほとんどが喜んでいましたが、
舞台は岐阜県東部(岩村町?)なのに、なんでYGファンが多いのか非常に疑問でした。
ちなみに僕の住んでる飯田も、なぜかYGファンが多いように感じます。あいつらおかしい。
ともかく、新ドラマには期待しているところですが、
劇中使用されているいわゆる「東濃弁」は、聞いてて恥ずかしくなります。
あんなのよく20年以上使ってたわ・・・。
風吹ジュンとか松雪泰子とかに「まーあかん」とか言わせるんじゃない。

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今年は春の到来が早くて、桜も4月スタートよりも前に咲きそろってしまいました。
写真は土曜日のものですが、しばらく天気もよかったので
今日も最高気温が25℃あって、ちょっと身体がついていけてないです。


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それと、11月くらいから作り始めて途中飽きて放置していた
丸子宿も完成しました。明かりがつきます。以上。


by OuiOui1974 | 2018-04-02 20:20 | Comments(0)

生存確認がわりに

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木製模型・薬師寺東塔、6月17日現在の状況。
写真を拡大すると物凄く粗が分かります。
塗装して誤魔化したいけど、それもとんでもなく手間です。

このあと各階の垂木を張ったうえで、屋根瓦をのせていきます。
最後に相輪(そうりん:塔のうえにあるアンテナみたいなやつ)をつけるまで
秋に入るころ完成していれば、いいのだけれど。

by OuiOui1974 | 2017-06-20 18:54 | Comments(0)

飯田までと、飯田から

 僕は生まれてから今まで、岐阜県(土岐市・中津川市)、愛知県(尾張旭市・春日井市・名古屋市)、鹿児島県(奄美市)、長野県(飯田市・諏訪市・富士見町)を転々として生活してきました。一番長いのが実家のある土岐市(22年)で、短いのは諏訪市(3ヶ月)でした。諏訪のときは直後に富士見に移ったので、「諏訪地域」で合わせると9ヶ月です。それでも1年に満たないですが。
 2番目に長いのは今住んでいる飯田市で5年。そのあとは中津川市(のべ4年8ヶ月)、奄美市(のべ3年11ヶ月)、名古屋市(3年3ヶ月)と続きます。中津川市は22歳のときと34歳のときに移転、奄美は諏訪富士見をはさんでいるので、2度にわたり生活しています。
 奄美以外は比較的狭い範囲(愛知・岐阜・長野県南部)で移転しているので、全国の彼方此方に移り住んでいる、というほどではないです。転勤族の方のほうが余程飛びまくってるんじゃないかな。
 僕はあまり地域に根付いて暮らすことを望んでいないし、できれば色んな町で多くの体験をしていきたかったのですが、それだといつまでたっても貧乏のままですし、「老後なんて無い!!」と粋がるほどの自信と体力も無くなってきたこともあり、たまたまサイコロの目で進んだ今の飯田に根を下ろした、というところです。


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 その飯田市、住んでいく上で思うところがいくつかあります。
 実用的な移動手段には鉄道路線があってほしいのですが、JR飯田線は全く役に立ちません。「落ち葉のせいで車輪が空転してダイヤが乱れる」「倒木でダイヤが(略)」「シカとかイノシシが邪魔をして(略)」など、外国の鉄道並みに当てになりません。リニア新幹線は11年後に開通しますが、そんな先のことは・・・という感じです。
 飯田は観光地とは言い難い町で、僕らの生活には関係ないとはいえ、あまりにもマイナーなので、誇りというのかな、この町で住んでます!って声高に言えないのは、ちょっと寂しいかも。町を歩くのはそこそこ楽しいですが、日曜日昼間の商店街は人を見つけるのが大変なくらい、いません。さっきのとは別の意味での寂しさもあります。
 夏は普通に猛暑で、冬は南とはいえ信州なので寒いです。-10℃まで下がるのは厳しい。雪は少ないとはいえ平地に比べればずいぶん降ります(たまにとんでもない大雪にもなる)。こればかりは、慣れないだろうな。
 飯田だけでなく信州全体にいえることですが、郷土愛の強さをひしひしと感じます。奄美も強い郷土愛を感じるときがありましたが、それに匹敵するくらい。いいことなのだと思いますが、県外から来た僕は違和感を持ちます。
 まあ、程よく田舎というか、「住めば都」という言葉が本当に良く似合う町です。僕が大都市に暮らした経験は無く、そのことがこの町を受け入れるのには好都合だったのだと思います。
 さっき書いたとおり暑くて寒いけど、雨は少なく湿度は低めです。台風の被害は僕が来てからは一度もありませんし、過去、これからも僅かだと思います。
 こうやって書くと(行数だけでは)飯田はもういいだと言われそうなくらい、いいとこが無さそうですが、「外からの人間にもハードルは低いほう」なのは確かで、随分住み良いなというのが、総じての印象です。
by OuiOui1974 | 2016-12-07 20:58 | Comments(0)

Fieldworksというページ

インターネットを始めたのが1998年(平成10年)の年末でした。
そのうち「インターネットつながりの友達がやっているから僕も」という感覚で
ホームページも作りました。
そのうち飽きて休みますが
2001年(平成13年)10月、もう一度ちゃんと作って公開しようと決断して
現在でのアドレスのホームページを開きました。

Fieldworksというページ_c0057821_1621388.jpg


そのなかで、散歩日記のようなコーナー(名前は「Fieldworks」)を設けていました。
最初のうちは写真を1枚と、思うことを載せただけのページでしたが
外に出て行く際には、近所を散歩するだけでもデジカメを持ち歩き
あまり映り栄えしないようなものにもシャッターを押して
さらにやる気のない散文を添えてUPしていました。
牧歌的というか、やりたい放題できるいい時代だったなあなどと思います。
名古屋と奄美大島にいたときの、おおよそ3年、「Fieldworks」は続きました。

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やがてブログが主流となり、「Fieldworks」を含めたホームページの運営は停滞しますが
それでもブログを開設して1,2年目くらいは
毎日更新とか今では考えられないこともやっていて
その中で散歩日記的な流れは続きました。

Fieldworksというページ_c0057821_2253729.jpg


「名古屋郊外編」と「奄美大島編」では
有名どころではない場所も取り上げている部分は共通していますが
それでも自然豊かで本土とは文化も異なる奄美大島と
どこにでもある街並みの名古屋の違いは、厳然としてあります。
そして、今思えば僕自身がいきいきと綴ることができたのは
名古屋編のほうだったかなと思っています。
奄美はどうしてもガイドブック的になってしまっていて
飾りっ気があったのに対して
名古屋は何も紹介することがない分
先にも書いた「やりたい放題」に作成できた感がありました。
ホームページを始めてやる気があった頃と重なっていたからだとも思いますが・・・。

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ここに挙げた写真はすべて2002年以前のものです。
デジカメのデータは既に消失してしまったので、
ホームページ用に加工したこんな小さな画像しか残っていません。
そんな小さな写真でも、これから紹介できたらと思います。
by OuiOui1974 | 2016-10-15 22:07 | Comments(0)

明日引越しします

距離としては2kmにも満たない場所への引越しですが
賃貸から戸建てに変わる、ということで
人生の大きな転機にはなるかと思います。
前も書きましたが、自分が家持つとか、今でも信じがたい事実。



今までの場所は、飯田市に移って以来、4年半生活しました。
非常に便利な環境(特に通勤 徒歩20秒だった)で
町そのものも気に入っていて
離れるのは少し寂しい気がします。
下が会社なので今後も毎日来るわけですがwww

早く新しい生活に慣れて、初夏を満喫したいです。

2012年4月1日

これは4年前の窓景。
by OuiOui1974 | 2016-04-22 18:29 | Comments(0)
2011年3月11日金曜日、
僕は多治見市内の病院に入院していました。

ちょうど前日に手術が終わり
集中治療室から脱獄できてグッタリしていた頃。
自分だけでは寝起きもままならない状態で
見舞いに来てくれた親もちょっと鬱陶しいなあとか思っていて
テレビと窓のそとをボーっと眺めるしかなかった、午後2時半すぎでした。

多治見市は震度3程度で、
あの地震のときも、少し強いめの地震が来たなという程度の認識でした。
ただ、揺れる時間がいつもより長かったという印象は、ありました。
入院していた病棟は新築で、その辺怖さはあまり感じなかったものの
周りでは悲鳴に似た声も上がっていました。

テレビをつけて、宮城県か岩手県の内陸で震度7の地震ということで
これはえらいことが起きた、と思いました。
事態の深刻さを知ったのはこのあとの2回、
1時間も経たないうちに起きた大津波で飲み込まれる港・田畑・市街地の姿、
そして原発事故。

そんな中でも病院の看護師さん達は何も変わらず僕のケアをしてくれました。
僕も、自分が早く退院できるよう大人しく休むことが大事だと割り切っていました。
テレビはつけたり消したり程度で、あとは本を読み音楽を聴いて
その後数日程度、入院生活を過ごして、1週間で退院しました。



僕は被災地でも海辺でも、まして原発の近辺在住でもないので、
今では、あの大震災も過去の出来事に置いてしまいそうになります。
絆(きずな)、といわれても、もともとそういうのが苦手な人間としては
足枷にすら思えていて、共感できないというのが本当のところです。
他人は、当てにはできない。したくてもできないと思ってる。

ただ、震災や入院を契機として
人生を無駄に浪費するのはやめようとか、一日一日大事に暮らそうとか
今までとは違うことを考えるようにはなったと思います。
震災に限らず、事故などでいきなり死ぬかもしれない、
それは仕方のないことだ、
ただ、自分の命を軽んじるのは、ちょっと慎もう、と。

僕も42歳となり、世間では後厄(よく分かっていない)と言われていますが
確かに、最近身体の不調が彼方此方に出ています。
せめて我が身ぐらい自分の責任で健常に保てるよう
これから気を付けていきたい。
by OuiOui1974 | 2016-03-11 06:04 | Comments(0)