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10年前の記憶:八ヶ岳のふもと・富士見での隠棲生活

2006年(平成18年)の春夏の話をしようと思います。
これが10年前の話だとは、ちょっと考えられないほどになりました。
このブログも1ヶ月に50件くらい書いているときもありましたが
その最盛期が、10年前でした。

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その頃僕は、長野県の富士見町という、山梨県との境にある町にいました。
標高1000m以上の場所で、冬はとんでもなく寒いです(雪はそれほど多くない)。
棲家が自然のなかにあって、それはいいのですが周りは野原だけです。

仕事は半導体工場の期間工。オール夜勤でした。
奄美大島にツマを置いて、自分だけで戻って単身「出稼ぎ」。
その辺の話はそれこそ過去記事に詳しく載っているので割愛しますが
短期間とはいえよくやったものです。今じゃあ考えられない。

先述の棲家というのは、単なる会社の寮で
普通の1Kアパートでした。6帖。
狭かったけど1人だったしモノも少なかったしで、そんなに窮屈ではなかったです。

食事に困りました。車がないので買出しは週2回スーパー行きのバスが頼り。
これを逃すと、自転車で30分かけていくか、10分歩いてコンビニ(ファミリーマート)に行くか。
コンビニなんて高いしモノも限られているしで、とても毎日は無理です。
それでも食糧が底を尽くので、カップめんやレトルトなどの保存食に手が出てしまいます。
日用品も同様です。トイレットペーパーなんかは自転車だと大変。
今は殆どのものが通販で入手できますが、10年前だとまだまだ足りない。
銀行も病院も遠すぎた。薬は全部市販品。
そのくらい、車がないと何にも出来ない状態でした。
「車ぐらい安いの買いなよ」と言われそうですが、安くても買えないくらい金が無かった。
奄美に住民登録を残してあったので、その辺でも無理でしたね。

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今思うと無味乾燥な暮らしぶりで、
実際真夜中、
テレビも観ずにインターネットとゲームばかりやっているようなロクでもない暮らしだったけど
若かったからかなあ、そこそこ楽しんでいたところもありました。

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あと、富士見は冬は駄目だけど、4月以降は花と緑にあふれて、見た目はよかったです。


窮屈なのは悪くない
でも
やっぱりきつかったなあ、という富士見の生活でした。
そしてその後、
諏訪・富士見ではないけれど
再び信州に戻ってくることになるとは、
当時は想像もしていませんでした。ご縁でしょうかね。
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by OuiOui1974 | 2016-03-05 20:55 | OuiOuiAward | Trackback | Comments(0)