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カメラを新しくして、夜どのぐらい使えるか、のテスト。
わりと調子いいかもしれません。

歩き回って、いろいろ撮ってみたい。



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# by OuiOui1974 | 2018-08-15 00:30 | 写真と話す | Trackback | Comments(0)
薬師寺東塔(木製模型)

薬師寺東塔(1/80 木製模型)です。昨年8月の盆休みに完成したもの。
さっき、日向に出してみたらクモの巣がびっしり張っていてショックでした。
あと、接着部分がはがれていたので、少しメンテナンスしました。

柱などの白木がもう少し濃くなるとカッコいいと思うんだけど。

本物の薬師寺東塔は相変わらず解体修理中。
再来年(2020年)春に修理完了とのこと。長い大修理でございます。

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# by OuiOui1974 | 2018-08-13 07:03 | モノを作る | Trackback | Comments(0)

盆休み中です

中津川市加子母のツマ実家に泊まりました。1泊ですが。
義父母・義兄夫婦・ツマ・私とで花火やら焼肉やらやってきました。
2ヶ月に1回は行ってるので新鮮味はないはずですが
今回は久しぶりに泊まりました(6年ぶり)。
慣れない部屋で泊まって背中が痛くなったけど
おかげで合宿みたいな気分を味わえました。

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「何しに来た」と言わんばかりの先住者。
ここに寝泊まりしたわけではない。


2018年8月12日

帰り際、家のすぐ近くにある
「明治座」という歌舞伎小屋に行きました。
ここも何度か来ていますが、中に入ったことが無かったので
思い切って入って、一通り(裏方や奈落まで)巡ることができました。

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歌舞伎自体は見たこともなく、多分よく分からないと思うのに
実は今度、木製模型で芝居小屋を作ることになり、しかも室内も工作するので
中を見ることができてよかったです。もしかしたら歌舞伎も見たいとか言うかもしれん。そのうち。
芝居小屋の模型は、今年中の完成を目指して、9月から着工です。
写真みたいな複雑なものではないのですが、頑張って作ります。

2018年8月12日

裏方に、落書きとしか思えないサインがありました。
右から
周防正行(映画監督)、
鈴木敏夫(ジブリの人)、
坂本龍一(左翼)、
松井今朝子(この人だけ調べないと分からなかった。作家)。


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# by OuiOui1974 | 2018-08-12 20:20 | 写真と話す | Trackback | Comments(0)
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前のパワーショットS100(買ったのは2012年)が突如故障してしまい色々考えた挙句
新しいカメラを購入しました。
前回と同じキヤノンのパワーショット、今度はG9X Mark2。
10年前にパワーショットG9(通称:オニギリ君)を手に入れて巡りめぐって、
またG9の名がつくカメラを選びました。

・・・あまり考えて買わなかったので購入して1ヶ月近くになるのに
全然使えていません。
思えば初代のG9もS100も最初はまったく駄目だった。
(15年前に買ったサイバーショットはすぐ使えた。順応性があったのかな若いころの僕)

秋が深くなる頃にはまともに撮れたら、と思うのですが。

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# by OuiOui1974 | 2018-08-03 21:42 | 写真と話す | Trackback | Comments(2)
 奄美大島から岐阜中津川に戻って5ヶ月、少し生活が安定し始めたところで、泊まりの旅行でもしようかということになりました。
 選んだのは長野県諏訪地方(諏訪市・茅野市・富士見町など)。その2年前まで短期間ながら仕事をしていた場所です。働いていたときは車も無く、殆ど遊ぶことはできないままでした。信州らしい場所を巡ることと、単身で生活していた場所をツマに紹介しながら思い出めぐりをすることを目的として、7月下旬に出かけました。

霧ケ峰高原

 梅雨明け直後ということもあって、天候には恵まれました。諏訪湖周辺はとてつもなく暑かったのですが、峠を上って向かった先、霧ヶ峰(車山肩)は涼しく、ニッコウキスゲなどの植物群落を眺めながら歩きました。


霧ヶ峰高原

 僕は子供のころから高原広がる場所に憧れていて、そんな場所の多い信州を旅したいと思っていました。その後長野市や松本など、県内の都市には何度か行ったものの、自然豊かな場所を訪れる機会は少なく、霧ヶ峰のようなところは初めてだったかもしれません。奄美大島で海を見たときと同じくらい、高原の広がりに感動したことはよく覚えています。

 その後山を下って、原村を経由して富士見町へ。
 僕は2005年(平成17年)10月末に諏訪市に一人でやってきて、翌年1月末に富士見町に移り、7月上旬まで過ごしました。
 その富士見を車で移動しつつ、ツマに勤め先の工場の寮、近所(といっても自転車で30分)のスーパーなどを紹介して、その時の話なんかを勝手に喋っていました。
 そのほとんどがロクな話じゃなくて「仕事に行きたくなくなった」「寒さもあって胃が痛くなった」「全然眠れなかった」ばっかりでした。せっかく憧れの信州で暮らしていたのに殆ど極北の強制労働みたいな雰囲気で辛かった、しかも1人で。ツマを奄美に残して、馬鹿なことをしたものです。

 いつでもそうですが、辛かった記憶を思い出して、それを話せることは幸福なことだと思います。本来、辛い記憶は無かったことにしたいとか、蓋をしておきたくなります。富士見のときのような工場勤務はもう御免ですが、それでも実りある出来事はたくさんあって、時間の経過でさらに美化されたのかな、と今は思います。
 
 飯田に来て7年近くになりますが、同じ県内、同じ信州といっても諏訪・富士見は今でも特別な場所です。最近はずっと行っていないので、また足跡を探しにいきたいです。


一皿105円を満喫する勇者

 ちなみに富士見町から諏訪に戻ったあとの夕食は、当時人生初のかっぱ寿司でした。昔は向かうところ敵無しって感じで食べられたんだがなあ・・・。

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# by OuiOui1974 | 2018-07-26 19:57 | OuiOuiAward | Trackback | Comments(0)
政治活動家?の又吉光雄さんが7月20日に亡くなったと報道で知りました。
又吉イエスです。



2000年前半に流行った(?)フラッシュ(のYouTube)。
この人のこと知っている方も少なくなったかと思いますが
インターネットでは随分話題になったこともありました。
又吉イエスがどのぐらい本気で政治の世界に入ろうとしていたのか
さっぱり分かりませんでしたが、インパクトだけは十分でした。

もう亡くなってしまったので、変なことも書けませんが、
懐かしいなあ又吉イエスとか、思ってしまいました。


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# by OuiOui1974 | 2018-07-24 20:18 | ニュースを見て | Trackback | Comments(0)
 15日(日)に、岐阜にある我が実家に帰省しました。母が最近特別養護老人ホームに入所し、その見舞いで行ってきました。
 母は71歳で老人というにはちょっと早いかもという年齢ですが、数年前に足を悪くしてからどんどん状態が悪くなり、父による在宅介護では困難になっていました。
 帰省するたび、確かに母は足が立たなくなり会話もちょっと不明瞭になっていて、それでも顔を合わせたら何か言うんだろう(そして「なぜお前は顔を見せないんだ」と毒づくだろう)と思って、父とホームのオープンスペースに入りました。
 僕は老人ホームという場所にお邪魔した経験がなく(病院のそれらしいところはありますが)、その僕が見たのは通路を広くしたようなスペースに大きな机があり、それを車椅子にのった入所者の方々が囲んでいる姿でした。その何人かの中に、母がいましたが、父が声をかけるまで僕はどれが母だか気づきませんでした。

 母は、僕を見て、目を離しませんでした。何も言わずじっと見続けているので、これはやっぱり僕に怒っているのかなと、最初はビクビクしました。それが黙っているのではなく、言葉を発することができなくなっていることに気づくのもそんなに時間はかかりませんでした。
 職員さんは「これは笑っているんですよ」と言っていました。確かに微妙ながら顔が緩んでいるようでした。でも目を背けずギロリとやられてると、怒っているようにも見えるんだがなあ・・・全く話せないのかと父に聞くと「そういうわけでもない」とのこと。それでも、言葉を発せられなくても表情に出るだろうになあ、と思いました。

 正直言って、母がこんなふうになって悲しい、といった感情はほとんど浮かびませんでした。それよりも目の前にいる人が話せず笑いも怒りもせず無表情でこちらを見ていることに、少なからずのショックを受けました。廻りにいた入所者の方に挨拶しても、母と同じく言葉を返すわけでなくこちらを見るわけでなく(テレビの大相撲中継を見てるかといえばそうでもなく)ただ静かに時を過ごしているだけのようでした。
 母も皆さんも、心のなかには喜怒哀楽や伝えたいことがあるんじゃないかな、と僕は思いますが、実際のところはどうなのでしょうか。突然やってきた僕のことをどう思っているのか、今回は分かりませんでした。

 3つ年上の父は若干くたびれていましたが概ね元気で、夕方、家で食事をしながらビールを飲み、大相撲を観戦し、逸ノ城の不甲斐なさをボロクソにこき下ろしていました。午後8時に寝て午前3時に目が覚めるという、時差でもあるかのような生活をしています。なかなか僕も実家に顔出しができませんでしたが、時間をみつけて様子を見ていこうと思います。

 人間、70、80歳と生きていると、きっとその間に僕たちとは比べものにならないほどの苦労を経験していて、それでも母のように厳しい状態の人もいて、父のように丈夫な人もいます。ツマの両親はどちらも80越えなのに、背中が伸びています。
 どんな姿でも大切な命には変わりありませんが、できればその命ある限り健やかに過ごす事ができれば、と念じるばかりです。

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# by OuiOui1974 | 2018-07-17 20:15 | ワタクシ的できごと | Trackback | Comments(0)

あいつの長い一日

会社の後輩の結婚式(披露宴)に出席しました。
飯田に来て7年目、2回目の披露宴出席です。仕事関係ばかりですが。

披露宴ってのはサプライズがあってナンボ?みたいな感じのようでして
もちろんそれはいいと思うのですが
僕だったら発想が貧困だからかな、サプライズ、サプライズねえ・・・と
悩んでしまうことでしょう。
というか、今のところもう一度披露宴をやる予定もないです。あったら大変。
式場の方がアドバイスはしてくれるでしょうけれど
基本、新郎新婦が考えなきゃならんはずで
色々思いつくものだなあと思うことがあります。

今回の披露宴では、すっごいサプライズってのはありませんでしたが
むしろ驚いたのは
新郎新婦が最後の退場をした途端、ビデオが流れて
今日の結婚式(神前式)から披露宴の様子、新婦の手紙までダイジェストで流していて
上手に編集されていて(映像もキレイ)、仕事の早さ、そこに驚きました。プロ野球並み。


このときも
新郎新婦にとって素晴らしい門出の1日、であったわけですが
20年前に披露宴をやって大半を忘れている僕も
あの日、全日程が終わった後の疲れはよく覚えています。次の日まできつかった。
ダジャレですけど、まさに「疲労宴」でした。
席上の立派な食事も食えず、終わって帰って近所のラーメン屋でようやく・・・という感じ。
今回の彼らがそうだったか、分かりませんが
新郎である男は仕事では見せない「ひきつった笑顔」を絶やさなかった(笑)ので
あいつは絶対きつかっただろうと思います。まあ頑張った。

そういうのも思い出。
そして、いつまでも、夫婦で思い出話をくりかえしてほしいなって思います。


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どのコースもそうですけど
アペタイザーってだいたい美味しいですよね。腹減ってたからかな。
飯田市鼎中平の「ビーラクスマツカワ」にて。

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# by OuiOui1974 | 2018-07-14 22:04 | 写真と話す | Trackback | Comments(0)

自分のためのメモ

よし
このブログを数行書いたら
なんか本読む!!



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# by OuiOui1974 | 2018-07-02 20:41 | ワタクシ的できごと | Trackback | Comments(0)

運動バカの馬鹿!!

僕はスポーツが苦手で
特に反射神経を試されるものは天敵だと思っています。
(なのでシューティング系のゲームも全然ダメ)
だいたい、部活動も全部文化系で、徹底的にスポーツを避けてきた節があり
人生の中でも、できるだけスポーツは観戦専門でありたいと思ってきました。

そんな僕が地域活動でソフトボールとかやってて
競技中はとっても肩身狭い思いをしています。
親睦目的なので本来リラックスして楽しめばいいものの、
それでもルールがありますし、時折真剣になってしまう節もあって
ヘラヘラとやるわけにはいかないと思っています。
そうはいっても、この底辺なレベルでついていくのは大変で
繰り返しますが観戦専門で逃げられないかなって本気で思っています。

そもそも現在、地域の体育関係の役員という
「音痴が吹奏楽部の顧問をやっているかのような」立場にあって
今も
ものすごく自己同一性を疑問視するような、無理くり担当している感じです。
まあ・・・役員はスポーツの出来不出来とは関係ないのですが。段取りが仕事。
それでも、好きと嫌いでは、大きく違うと思うんだよねえ。

最近は、できるだけポジティブに構えてなきゃだめだよなと律していますが
ちょっとだけ「スポーツなんて糞や」と言いたくなったので書きました。
スポーツが好きな方ごめんなさい。


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# by OuiOui1974 | 2018-06-30 22:59 | ワタクシ的できごと | Trackback | Comments(0)

常に出来心


by OuiOui1974